(i.s.)

こととか

Coccoの読むブラックジャック


イイ感じCM!【HITACHI】Cocco&ブラック・ジャック(60秒ver)

 

このCM好きなんだけどなんで好きか考えてみた。はじめはブラックジャックの名台詞集みたいな感じなのかなと思っていたが、何度も見ているとちゃんとストーリーになっていることに気がついた。壁にぶつかり、挑み、失敗する。「落ち着け!なぜ弱音を吐くんだ!」の後の赤い光。多分そこで患者が死ぬ。そして最後に「それでも私は人を救うんだ。自分が生きるために。」

このCMが言ってることって、ヒタチはこんなに凄いことをしましたっていうPRじゃなくて、現実にはどうにもならないことがあるが、それでも私たちは未来を良くしていくんだという決意だ。このCMの中で何一つ良いことは起こっていない。何も解決していない。手術に挑んで、失敗した。だがそれでもわたしは人を救う。そんなCMって他にあるんだろうか。Coccoの読む声に泣きそうになる。

アシッドアタック

人の顔や体に酸をかけてズタズタにするニュースをたまに聞く。アシッドアタックというらしいがこれを聞くたびになんかいやーな気分になるのは、こんな取り返しのつかないことが起こってしまうこの世。みたいなものを感じてしまうからだと思う。僕らが生きているこの世界では、アシッドアタックが起こります。アシッドアタックが起こる程度の世界に生きています。人間はおしまい。人類の歴史の到達点、最新の道徳がアシッドアタック。これよりどんな悪いことが発明されるんだろ。

ロットワイラー

ロットワイラーという犬がいる。ツイッターロットワイラーと検索してながめていたら「ロットワイラーかピットブル欲しい」という呟きが目に入った。飼いたいではなく欲しいと言っていたのがなんか良かった。犬が欲しくなるってどういう感じなんだろうか。子供が欲しいって思うのと似ているのだろうか、犬は欲しいとも飼いたいとも言うが、子供は欲しいとは言っても育てたいとはあんまり言わない気がする。それとも車が欲しいとかそっちだろうか。なんでこの呟きが印象に残ったかというと、欲しいという言葉の中に、食べ物、服、酒、携帯電話、車、などの商品と同列に犬が並んでる風に感じたからだと思う。並んでいるんです。金は愛だなーと思った。金は愛だ。

タイムラインに傷が流れる

長田弘が黙されたことばという詩集の中の聴くことという詩で、「眼で聴く。そして、耳で見るのだ。けっして語ることをしないものらが語ることば。どこにもない傷口から流れ出すことば。」と書いている。いろんな場面でこの詩を思い出す。ツイッターに何かを投稿するって、自分の傷口を見せるようなものじゃないだろうか。自分が何を思っているか呟くのは、どこが痛いか訴えるのと似ている。〇〇なうとか、〇〇美味しいとか、そんな何でもないことも言わずにいられないって考えると切ない。自分に興味を持ってほしいとか、知ってほしいとか、そんな悲鳴みたいなものが隠されているような気がする。悲鳴って動物の言語で、人間は悲鳴を何かに翻訳して喋ってる。駅でただ一点をずっと見つめてるホームレスを見かけたことがある。よっぽどたくさんのことを言っているみたいな沈黙だった。

何を喋っても相手の語彙の中を泳いでしまうだけで、言葉では自分の全てを伝えることができなくて、ある意味絶望するんだけど悲鳴や体温など、動物としての自分が持っている黙された言葉でなら何か伝えることができるかもしれないとふと思った。いや言葉の裏にも黙された言葉があると思うと人間は意思疎通可能なんじゃないかと思えてきた。人間は意思疎通可能なんだろうか。

and I love you


and I love you

 

Mr.Childrenのand I love youの中に出てくる歌詞

「傷つけ合う為じゃなく 僕らは出会ったって言い切れるかなぁ?」

このフレーズを聞き取った時に泣いた。僕らは深く関係すると、どうしようもなく相手を傷つけたり、傷ついてしまう。出会わない方が良かったんじゃないかって、そんなはずはないんだけど思ってしまったり、するんじゃないですか。人間は誰一人幸せになれないんじゃないかって思うことがある。人間が幸せなんて言葉を勝手に作ってしまったけど、本当はそんなものこの世にないんじゃないかとか、考えてしまう。足りないものを欲しがったり、持ち過ぎたものを重たがったり、満足なんてあるんだろうか。ないだろう。でも溺れるのがわかってたって、できるだけ長く息をしていたい。幸せになりたいって、今夜ちょっと良い夢が見たいとか、そういう程度の希望なのかもしれない。いつか死んでしまうから楽しく生きたいという願いと、いつか死んでしまうから楽しくったって無意味だという感覚はイコールで結ばれてる。一緒に不幸になりましょうって良いプロポーズの言葉かもしれない。一緒に逃げようの方がいいかも。一緒に逃げよう。みたいなことを公園で酒飲みながら思い浮かべた。

エレファントカシマシ

エレファントカシマシがすごい良いということがわかった。中学か高校かの時YouTubeエレカシのボーカルがキレる動画を見てからなんとなく聴かず嫌いだった。聴いとけばよかったとは思わなくて、今聴けてよかったなと思った。頑張ろうぜ!みたいな、すごい熱いんだけど、歌詞の節々に、もがいてる様子を感じられて良かった。Apple Musicでベストアルバムみたいなのをダウンロードしたんだけど最初の2曲が良すぎて最後まで全然聴けない。f:id:j9hara:20170702222917p:image

僕は夜の散歩をたまにしていて、それって家で一人だとなんか寂しくて、でも誰かに会いに行く勇気はないけどどっか、誰かに会うかなとか、そんな恥ずかしい希望を持って歩いてて、しかし誰かにあったらや、どうもくらいでさっさと逃げたり、一曲目の「友達がいるのさ」はなんかそんな感覚を思い出して泣けた。帰りたいから出かけるんだろうか。

美しい夏の朝に

ドラえもんの道具で何が欲しいかという話でビッグライトと答えた子がいてこの詩を思い出した。谷川俊太郎の「美しい夏の朝に」。この詩は最高で、巨人になって泣きながら地球を抱きしめたいみたいなことが書かれている。僕が解釈するに、ネットに書かれる死にたいとか、5000兆円欲しいとかと大体同じような意味だと思う。耐えきれないことや、やり場のない思いから逃げたいとき、人は死にたいとか言ってしまうんじゃないか。地球を抱きしめるってのは地球を許すことなんじゃないかとも思う。この世でひどいことが起きたり、毎日人が飛び降りたり、自分が嫌になったり、良いところがなかなか見つけられなくても、この世界を抱きしめたいみたいな感覚があると思う。もう本当にどうしようもない時、泣きながら抱きしめるくらいしかないんだよと、そんな感じ。僕もビッグライト欲しい。